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はいはい
いい加減話戻すよ
MAD削除に関して、反対している人間はMADを好きな人間ではない。
ただそこにあって、それなりに楽しめるから消費しているだけなのだ。
口をあけて餌を待っている豚だと表現してもいい。MAD削除に反対する人間というのは、要するにそういうものだ。
いつも貰えた餌が急に貰えなくなるかもしれないと思い騒いでいるだけだ。
投稿動画サイトができる前にもMADは存在するし、MADを好む人はそれを追いかけていた。
能動的に収集しにいかなければ、手に入らないものだった。
投稿動画サイトが出来る以前は、MADはグレーどころではなく、ただ単に訴えられていないだけなのだという認識を誰もが持っていたし、それを黙認されてるなどと言うほど厚顔無恥でもなかった。
MADを公のものとして認めさせようなどとは思いもしなかった。
公の場に引きずり出され、白黒つけられるのは不味いのだ。
MADは好き勝手にやるからこそMADなのだ。
角川は良くて他のところは駄目。だから角川で作ろう。そんなのはMADではない。
好き勝手にできないのはMADではない。
認められるなら認められるように、認められる範囲内でMADを作り、それをMADとして見るのだろうか。
何かの枠の中で認められるものはMADではない。
つまり法治国家の中では、MADはイリーガルなものとしてしか存在しえない。
消費するだけの豚としてMAD削除に反対することは仕方ないとは思うけれど、MADを白日の下にさらし白黒をつけようとすることは、MADを殺すということだ。