日本軍が南京に入城する「9日前」12/4には略奪が始まっていたことについては恵也って無視するのなw
「米大使館報告」から引用
>下関地区では脱走兵が略奪をやったことが報告されている。
>長江岸へ通じる把江門は混雑している。
>恐らく今日行われた南京城内に対する爆撃によって流出者はさらに増えることになろう。
まだ日本軍は南京に入城していないから、この「脱走兵」は間違いなく中国軍の話だ
さて、バカ恵也は「南京安全区の外に人が住んでいた」と妄想するが、ラーベの日記も(虐殺肯定派)笠原教授もこれを否定しているw
12/7日の南京の出来事
>門の近くにある家は城壁の内側であっても焼き払われるという噂が広まり、
>中華門の 近くに住む住民はパニックに陥っている
>何百という家族が安全区に押し寄せてはいるが、こんなに暗くてはもう泊まるところがみつからない。
(ラーベの日記)
>何千という人々が南門から安全区に入ってきた。
>彼らの話によれば、5時までに立ち退くよう警察から命令されており、それに従わなければ家は焼き払われ、スパイとみなされる、というのだ。
(南京事件の日々)
明くる8日では、ニューヨークタイムズのダーディン記者がこのように書いている
>南京防衛軍の司令官唐生智は、市が戦闘地区に入ったと宣言し
「すべての非戦闘員は国際管理下の安全地帯に終結しなければならない」
>と、布告した。
>市内他地区での移動は、黄色の腕章に特別の印で示される特別許可証所有者を除いて禁じられる
(1937/12/8NYタイムズ ダーディン)
南京安全区以外に人が住んでいた事実はない!