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自我を否定する自我というのは矛盾するすなわち存在を規定する現存在という存在機構は自我を否定するという行為に関して必然的に自我を対立させるためであり、それは自我を否定する代わりに自我を取り入れることを意味するつまり、無意識と忘却、言語化しない美学にして一切を忘却するというべきだろうかすべては自意識過剰の言語化であったのかもしれないだが生の実感としての自我を最低でも持っておくべきだろう