>>311 アメリカは「フィリピンの独立」を約束して、米西戦争を戦ったのではなかったか?
あなたの話は非常に内容が粗雑。頭が単純すぎるのかね!
アメリカじゃなく、アメリカの艦隊司令官が個人的に「フィリピン独立の支援」
を約束したのであって、アメリカ国家が独立を約束したものじゃないよ。
フィリピンの指導者も、アメリカ大統領かアメリカ議会の確認を手に入れてから
スペイン相手に戦争をしたら良かったんだけどね。
資格のない相手の約束を信じるとは、フィリピン指導者もアンタ並みの単細胞
なんだろう。
蒋介石はアメリカ政府に根回しして、援助や政策を決めてたけどこのフィリピン
の指導者もそのくらいの手を回していたら、こんなドンデン返しを受けなかったろうに。
指導者の情報収集力や、宣伝力の不足で、こんな悲劇にフィリピンが会ったんだよ。
>> 満州国はソ連の侵略までずっと繁栄を続けていた
それほどでもないでしょう。
1905年 南満州鉄道の権利を日本が手に入れる。
1931年 満州事変
1932年 満州独立宣言。5.15事件
1933年 日本が国際連盟脱退。
1936年 西安事件で、共産党と国民党が手を結ぶ。2.26事件。
1937年 盧溝橋事件で日中戦争始まる。
1939年 ノモンハン事件。
1941年 真珠湾攻撃。
1945年 ソ連侵攻。
これを見ると、満州が日本の戦争のために軍需工場になったといえる。
満州全体が日本の激戦で軍需工場として、忙しかったとは言えるけどね。
撫順炭坑の付近だけ25万人近くが40年くらいで、中国人が酷使されて
万人坑に捨てられてます。
ーーーー引用開始ーーーー
こういう状況の中で殺された中国人は、日本占領の四〇年に撫順だけで
二五万人から三〇万人の間と推定されています。『万人坑』は撫順だけで
約三〇ヵ所にできました。
http://www.geocities.jp/yu77799/nicchuusensou/honda.html