韓国哨戒艦「天安」と原子力潜水艦の沈没を解析W


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■韓国哨戒艦「天安」と原子力潜水艦の沈没を解析W

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1 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 07:58:31 ID:IS1wO1P3

小型の北潜水艦の魚雷の爆風で、哨戒艦が真っ二つになるものだろうか。
密閉状態での爆発ならともかく、ここは解放状態での爆発でそんな破壊力はない。

むしろハワイでの練習艦「えひめ丸」と原潜との衝突沈没事故を思い出す。
「えひめ丸」も「天安」も半数くらいの乗組員が死亡してる。
最新鋭の設備を備えていて、なんで衝突事故を起こしたのか調べてみた。

潜水艦はソナーで前は見えるが、後ろはスクリューの起こす雑音で見えない。
そのため海中での戦闘行為を想定した演習では、方向転換をたくさんすることで
全方位の艦船の位置を把握する。

[えひめ丸」事件でのソナー解析官は、1,8kmの位置に船を計算したが艦長の
潜望鏡観測で見えなかったからと、独断で8.0kmに地図を改ざんしてます。
方向転換するため、計算が複雑になり計算間違いも多発してたのではないかと思う。

見学者が司令室に16人も入り、見学者に遠慮して声が出せなかったせいもあるが、
艦内におけるソナー解析官と艦長の「権威」に雲泥の差があるためにやった行為。

この行為によって艦長は、急速潜行と急速浮上を命じたために衝突したもの。
潜望鏡は1.5mくらい海面から上げてますが、じっくり見てれば1.8km範囲
に船があれば見えたはずだが、ソナー解析官との二重チェックを過信した為のミス。

哨戒艦「天安」でも同じような経緯で衝突し、原潜までが当たり所が悪く沈没
運転不能になり、韓国潜水捜索部隊が救出に向かい、そのためにハン准尉が
死亡したものと思います。

「天安」は原潜を相手に戦闘演習を行っていたが、いくらなんでもぶつかって来るとは
思わずにいたため、待避が出来なかったんだろう。
だからこの沈没した原潜を見れば、強度的に弱い司令塔付近が損傷してるはずだ。

ーーーー引用開始ーーーー
慰霊祭には米国のスティーブンス駐韓国大使や在韓米軍のシャープ司令官も
列席し、ハン准尉の栄誉をたたえ、ハン准尉の遺族に見舞金を出した。

米高官の参列や見舞金は、韓国軍の中に「米軍の事情で天安艦の捜索が遅れ、
米軍の無理な秘密捜索作戦のせいで殉職者が出た」という反米感情が湧くのを
おさえるためだったのだろう。
http://tanakanews.com/100507korea.htm

2 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 07:59:45 ID:IS1wO1P3

>>536 メルプの町では全員の首を切らせて、それぞれ男、女、子供の生首の山

こんな話は何かの本に書いてあったというだけだよ。
南京虐殺みたいに、裁判の上で認定されたというものじゃないだろう。
噂はどれだけでも大きくなる性質がある。

イランを長い間、モンゴル王が支配したのを考えると全く信じられん話だ。
モンゴル人は少数民族なんだから、恨みを買っては支配は不可能。

>>543 漢字が「共通語」なわけないじゃん

十分可能性はある。
ホラズム国民とモンゴルのジンギスカンの会話だ。
文化的にはジンギスカンは位置から考えても中国の影響を強く受けてる。

メソポタミア文化をよく知ってるわけではないが、紙の発明など言語的
には中国文明のほうがこの当時は上だと思ってる。

ローマ法王やフランス国王が北京まで、使節を送るほどなんだしね。
現在の世界で例えたら、モンゴルがアメリカ並みの軍事力・文化力を持
ってるわけなんだから中国語・漢字が共通語だったはず。

モンゴルでは駅伝制が発達し、馬などをそこで交換できたという。
狼煙や鏡による信号で、情報の伝達も瞬時に出来たのだろう。
そう考えないと、モンゴル王の死亡などが遠征軍に瞬時に伝わる訳がない

3 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 09:30:53 ID:TZyfyktc

>>539 3万人程の人数で、当時の主力武器である弓の矢がすぐに尽きる程度の準備

いろんな数字があるんだね。
俺は第一陣の元寇は4万人だったと思ってたけど…
鎌倉時代の日本の人口を600万人としても、異常な大軍だよ。

それに弓矢というのは、武器として補給が行われるものじゃないのかな。
日本軍が南京虐殺した時にも、食料を補給できなくても武器弾薬の補給
だけは何とか無理して行っていたという。

――――引用開始――――
「こんな無茶な作戦計画があるものか、こんな計画では到底経理部長とし
ては補給担当の責任は持てないから、離任して内地へ帰えらして貰う」
といきりたった程で、参謀長田辺盛武少将の口添えでその場はおさまった
http://www.geocities.jp/yu77799/nicchuusensou/kenpei.html

4 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 09:32:51 ID:YlSCAdf+

>>549 タリバンにはパキスタンやイランから銃や銃弾が流れてきてる

これは密輸でしょう。
パキスタン政府もイラン政府もアメリカの手前、援助は出来ん。
国民の一部が内緒で行ってる行為を、摘発するのは簡単には出来ません。

あなたの主張は「銃弾を生産できない国が勝てない」という意味で
書いてるのじゃないの?それならアフガンは全く対極の話だろう。
中国政府もロシア政府も。イスラム過激派には弾圧を加えてる立場だ。

>> 「南京市民が激減するなんて有り得ない」と書けるんだ?
俺はそんな事を書いた覚えはない。
南京市民は戦争前には100万人いたけど、首都移転と戦争の混乱で
60万人くらいに激減したと見てる。

この数字にはいろんな意見があるが、逃げ込んでくる人や逃げ出して
る人でグチャグチャになってる時には、人口調査なんて役人に出来る
筈がない。俺の60万人が虐殺者数を見ても正しいだろう。

>> 日本は中国戦線では連戦連勝だよ
日本軍が支配できたのは、都市と道路だけで田舎は中国軍の支配。
形だけの連戦連勝にゴマカサレないように!

5 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 09:34:47 ID:cx/5ryNQ

>>554 「スイス人のほとんど全員はバイリンガル」と何の関係も無いだろ

関係あるだろ。
バイリンガルとは故郷の言葉以外に、もう1カ国語を故郷の言葉並み
に話せる人間のことだ。

スイスではそういった人がほとんどという意味だから、ドイツ語圏がスイス
国内で大きければ、ドイツ語が喋れる人がスイスでは多数派ということ。

>> 「フランス語さえ話せりゃ充分」のはずじゃないのかよ?
旅行する程度ならそれで十分だろう。
あなただって旅行する程度なら、英語も何とか通じるのじゃないかね。

>>中世史、モンゴル史の 専 門 家 じ ゃ な い んだけど
彼らは専門家の範囲じゃないかね。
現在の医者もだけど、変な細分化で役に立たない医者が多い。
あなたみたいな専門家だと、役に立たない歴史学者という「専門家」
になりそうだ。

彼らは大学で歴史学を教えてる立場で、論文を出したり特に力を入れ
てるのが「日本政治思想史」とかいうのじゃないの。

南京虐殺では否定派の方に多いのは、歴史学どころか全く別系統の
大学教授がいる。
東中野修道教授なんて、東ドイツ社会主義の研究や吉田松陰の研究が専門
こんな連中と混同しないように!

6 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 10:52:03 ID:igaaC35x

>>543 フランス語圏の兵隊はフランス語圏でしか戦わないのか?

日本の軍隊もむかしは徴兵制で、地元の人間が集められて師団を作ってた。
スイスは徴兵制だから、師団単位で同じような地方の人間で作ってるだろう
その方が競争心も沸くし、師団に対する誇りも出てくる。

――――引用開始――――
それではわが郷土の第六師団はこの南京事件にどんな役割を果たしたの
だろうか。

中国側軍事裁判の資料によれば虐殺された者は四十三万人、うち第六師団
によると推定される者二十三万人。第十六師団十四万人、その他六万人と
いう数字をあげている。
http://www.geocities.jp/yu77799/kyoudobutai.html

7 名前: no name :2010/09/04(土) 10:56:28 ID:KJcNhNLF

なにスレ建ててんだよ?
もう有るだろうが!

8 名前: no name :2010/09/04(土) 11:00:38 ID:FXpWs/S3

http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1283535925/l50
スレッドが有るんだからコッチでやれよ!
同じタイトルのスレッドを建てる必要がどこにあるんだ?
>>1すら証明できずに論破されたくせによ

9 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 13:12:58 ID:/NPkt9zG

>>505 4億円はどこから来たのか?

小沢一郎個人のお金を後援会に貸したというわけだ。
直接貸したら個人と後援会の資金がグチャグチャになってしまうので
間に銀行を入れて、資金の峻別をしたわけだ。

政治家を引退しても、後援会のお金は次の後継者の政治家に引き継ぐが
個人のお金は家族が継ぐ。
田中角栄の東京地検捜索をみて、個人のお金と後援会のお金を峻別する
ようになったんだろうが、これを逆に東京地検に悪用されたわけだ。

企業献金を受けてる政治家の中では、小沢一郎は最高にクリーンだよ。
田中角栄弾圧を見て、田中角栄を反面教師として学んだんだろう。

この4億円を小沢個人→銀行定期→小沢個人→後援会→土地の持ち主
と渡ったらそれだけで16億円が使途不明と騒いでるのがアンタ方だ。
朝日新聞の星浩と同じ、子供のイチャモンというべき!

――――引用開始――――
農地法5条による農地の転用許可の関係で、2004年10月の売買
契約にかかる不動産登記が2005年1月にずれ込んだ。売買を行う
際に銀行融資が間に合わず、一時的に小沢氏が資金を立て替えた。

建て替えは報告書に記載しないでよいこととされていたために記載し
なかった。これが「虚偽記載」だとされた。
 
この資金の出入りを、すべて別々に足し合わせると18億円の数字に
なるが、この問題を18億円とする人は、この世には一人もいない。
何も知らない市民が18億円と聞けば、18億円の問題だと考える。
その効果を狙って18億と発言したことは明らかだ。
 
 星浩氏の記者生命は、社会的にはこの発言一つでジ・エンドだ。
http://www.asyura2.com/10/senkyo93/msg/787.html

10 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 13:19:48 ID:2ILyuH/7

>>8 証明できずに論破されたくせによ

見解の相違。俺は論破してるつもりだが…
お囃子はお囃子の身分で、我慢しておきなさい!
アンタには、俺を指導出来るだけの知恵がない。
知識が不足してるんかな・・・・

11 名前: no name :2010/09/04(土) 13:39:43 ID:OEYAryR/

>>10
よく言うよw
天安が魚雷でも沈むと教えられても理解できないキチガイのくせに

ま、アメリカ軍が激突した証拠なんてお前は何一つ出してないから論破されたのはお前だよ

キチガイだけが論破したと勝手に考えてるだけだ
2ちゃんねるでも論破されて逃げ出したキチガイ恵也さんw

12 名前: no name :2010/09/04(土) 16:47:58 ID:ty1YqfCL

>俺は論破してるつもりだが…

スゲー
ジンギスカンが虐殺狂だった事も知らなかったくせに
「蒙古襲来絵詞」にモンゴル軍の騎兵が書いてあるのに「書いてない」と主張したり
ありとあらゆる文献より「自分の妄想」の方が上と思ってたり
貸した金は絶対に返ってこないとか勝手な条件を付加したり
日本の借金を語るのに純債務と粗債務の違いもわからないし
魚雷で沈む証拠動画を載せても「魚雷で哨戒艇は沈まない」と言い張ったり
「証拠出せ」って言われてるのに何一つ証拠出せないキチガイが

論 破 し て い る

鼻で笑っちゃうよ

お前の妄想なんか支持する奴はお前のこと知らない奴か、同じくキチガイだけだから
自作自演大好きなキチガイの自演の可能性もあるけど

13 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 18:32:58 ID:lwiPzeKF

>>12 「蒙古襲来絵詞」にモンゴル軍の騎兵が書いてあるのに「書いてない」と主張したり

これは「ほとんど書いてない」と書くべきだった。
実際に見てもモンゴル軍騎兵は歩兵より圧倒的に少なく、むしろ日本軍の
騎兵の方が多いい。本物のモンゴル兵なら1人で5頭くらいの馬を持って
進撃するものなのに「蒙古襲来絵詞」では船に隠れ歩兵がはるかに多い。

だから俺は、このモンゴル兵はモンゴル武装をした朝鮮や中国の敗残兵と
見てるわけなんだよ。司令官クラスは本物のモンゴル人と思うが…

――――引用開始――――
画面中央は馬を射られて苦戦する季長と、弓・槍で季長を襲う3人の蒙古兵
http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/mouko/index.html

>> 魚雷で沈む証拠動画を載せても「魚雷で哨戒艇は沈まない」
バカかお前は!
魚雷が直撃したら哨戒艦だって沈むが、離れた距離で爆発しバブルジェットで
哨戒艦が沈むはずがないと言ってるの。意味が違うだろ!

14 名前: 恵也 :2010/09/04(土) 18:43:54 ID:EaNoc9ki

ーーーー引用開始ーーーー
福島第一原発には、常に、もう失うものを何も持たない者達のため
の仕事がある。松下さんが、東京公園で、住居としていた4つの
ダンボールの間で眠っていた時、二人の男が彼に近づき、その仕事
の話を持ちかけた。

特別な能力は何も必要なく、前回の工場労働者の仕事の倍額が支払
われ、48時間で戻って来られる。
http://www.asyura2.com/09/genpatu6/msg/626.html

15 名前: no name :2010/09/04(土) 19:06:13 ID:ty1YqfCL




ところでエナリはこれ見たのか?
経済を語るならこれの感想を教えてくれ

>>13
>実際に見てもモンゴル軍騎兵は歩兵より圧倒的に少なく、むしろ日本軍の騎兵の方が多い

根本的にツッコムなら、「蒙古襲来絵詞」って竹崎の自慢話だから
竹崎の武勇伝なんだからそれほど信用性は無い
http://www.h3.dion.ne.jp/~oneone-p/ii/tetsuhau.html
それにリアルタイムで書いてるわけでもないしな
竹崎の自慢話を実際に見ていない絵師がまとめたものだし(ウィキより)

>本物のモンゴル兵なら1人で5頭くらいの馬を持って進撃するものなのに「蒙古襲来絵詞」では船に隠れ歩兵がはるかに多い。

だから、125000頭の馬をどうやって輸送するんだ?どうやって面倒見るんだ?
モンゴル軍だけ馬を持ってると仮定しても、125000頭必要なわけだが?
高麗兵や船乗りの分の馬を含むなら40000×5で200000の馬が必要になる
20万頭分の排泄物処理や水や食料はどうすんだっての

そ ん な に 輸 送 で き な か っ た と考えるのが自然だろ

>画面中央は馬を射られて苦戦する季長と、弓・槍で季長を襲う3人の蒙古兵

この絵は有名な絵だけどお前「てつはう」の存在を知らないの?
「てつはう」ってどういう武器だったか解る?
今で言えば「非致死性手榴弾」みたいなもので、殺傷力はあまりないんだよ
あれは「殺傷」が目的ではなく「威嚇」が目的なの

だからモンゴル軍がてつはうの前で馬に乗るはずもない
馬って「音」に敏感な生き物なんだよ
どんなに訓練された馬だって「何かの音に驚いて暴れ馬になってしまった」なんて話はよくある
なんで大音響を発する威嚇装置の前でモンゴル軍が馬に乗る必要がある?
常識的に考えればてつはう部隊は敵の馬をびびらせて、ひるんだ隙に弓矢を浴びせる方がベストだろ

16 名前: no name :2010/09/04(土) 19:26:49 ID:ty1YqfCL

これは長篠の戦いの時の話だが・・・

http://naturalreload.blog77.fc2.com/blog-entry-102.html
>井沢元彦氏の連載では、馬は音に敏感なので銃声を響かせただけで暴れ馬となってしまっただろうと言います。

http://homepage3.nifty.com/k-haruaki/ka-nagasino.htm
>火縄銃の大きな音で武田軍の指揮者が乗っている多くの馬が混乱したことは想像出来ます。

(3000丁であれ1500丁であれ)「音に敏感な馬が混乱した」と書いてある
日本の侍や馬にとって、「てつはう」は初めて見る音響兵器だ
人間はすぐに慣れても、馬は簡単には慣れないだろう
何せ「てつはう」対策の訓練すら出来ないんだから

敵の鎌倉武士側の馬が「てつはう」によってひるむのが解ってるのに、わざわざモンゴル側が馬に乗る必要がどこにある?
敵がひるんでる隙に弓矢乱射の方が危険も少ないしよっぽど安全だろ
モンゴルの馬はさんざん「てつはう」の音を聞いて慣れていたとしても、
やっぱり「暴れ馬」に変貌する可能性も無いわけじゃないからな

まぁ、単なる竹崎季長の「自慢話」でしかない絵(しかも後世の勝手なつけくわえもあるという)はあまり根拠にならないし
モンゴル軍が馬に乗ってる絵もいくらでもある
お前の引用したサイトにも書いてあるだろ
http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/mouko/index.html
>画面左は負傷して退却する蒙古兵と、麁原 [そはら] に陣取る蒙古軍の本隊

>だから俺は、このモンゴル兵はモンゴル武装をした朝鮮や中国の敗残兵と見てるわけなんだよ。
>司令官クラスは本物のモンゴル人と思うが

文永の役に中国兵は存在しない
お前の妄想

でも確かに高麗はかなり蒙古かぶれになっていたから高麗の可能性はある
でもそれを主張するからには証明せねばならない・・・だろう?
理由は言わなくても解るよな?

馬に乗ってるモンゴル軍の姿も上記のようにお前の引用したサイトにも書いてあるんだから

でも繰り返しになるが、
「蒙古襲来絵詞」は竹崎の自慢話であり、
絵師は直接見た人ではなく、
しかも「後世の書きこみ」も存在する・・・
これにはあまり信憑性は無い
文永の役は実際には鎌倉武士は大敗したのに、竹崎は「大勝した」みたいに書いてるしな

17 名前: no name :2010/09/04(土) 21:22:11 ID:qyQkUYxx

>>バカかお前は!
>>魚雷が直撃したら哨戒艦だって沈むが、離れた距離で爆発しバブルジェットで
>>哨戒艦が沈むはずがないと言ってるの。意味が違うだろ!
おや?
バブルジェットで沈む証拠動画なら何度も貼られたが、
魚雷が直撃した証拠動画なんて「韓国哨戒艦〜解析」スレで一回でも貼られた事があったか?
「韓国哨戒艦〜解析」のスレに貼られたという、魚雷直撃の証拠動画を出してくれ。
出せないなら、「バカかお前は!」は謝らん限り自分に跳ね返ってくえうぞ。

18 名前: no name :2010/09/04(土) 23:54:24 ID:ty1YqfCL




こういうのもあるんだぜ・・・
クソフイタw

19 名前: no name :2010/09/05(日) 00:47:37 ID:zaHC/Pxh

お前らみんなキモいよ。

キチガイとか言ってるくせにここまでこのスレを続けちゃって、お前らもキチガイだよ。自重しろや。

20 名前: no name :2010/09/05(日) 03:10:29 ID:F47Bs+Oh

ニコ動における「恵也」の足跡
外国人参政権についてPart2
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1268155974/
外国人参政権についてpart2
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1268139842/
外国人参政権についてpart3
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1273759053/

韓国哨戒艦「天安」と原子力潜水艦の沈没を解析
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1274840128/
韓国哨戒艦「天安」と原子力潜水艦の沈没を解析
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1277890140/
韓国哨戒艦「天安」と原子力潜水艦の沈没を解析2
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1280193397/
韓国哨戒艦「天安」と原子力潜水艦の沈没を解析3
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1281996669/
韓国哨戒艦「天安」と原子力潜水艦の沈没を解析W
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1283554711/

番外
韓国哨戒艦「天安」と原子力潜水艦の沈没を解析4
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1283535925/
こちらは恵也の大ファンが出現し、恵也の過去の犯罪を棚に上げ、
また恵也自身が発した罵詈雑言・誹謗中傷を無かった事にして、
間違った知識・常識を持った恵也に正しい知識・常識を学ばせようと
四苦八苦してきたボランティアの方々に対して、恩を仇で返す事を勧めています

21 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 07:32:01 ID:mCdDmZmK

>>15 竹崎の武勇伝なんだからそれほど信用性は無い

肝心の信用性の中身が書いてない。
普通竹崎氏のエバリたい物だけは眉に唾をつけて慎重に考え客観性が
必要ではあるが、それ以外に関しては経験者として信用性はある。

しかし竹崎氏の立てた手柄は、交渉の上責任者に認められて馬をご褒美
に貰えたというだけだ。
自分の馬を射られ、命からがら仲間に助けられという話からするととて
もじゃないが間尺に合わないもの。鎌倉幕府のケチさがわかる。

蒙古の船に乗り込んで戦ったという話は、たぶん難破船で戦える状態の
軍隊じゃなく一方的な殺戮行為だったのだろう。

しかし蒙古の騎馬と歩兵の割合、戦闘服、武器などは竹崎氏のエバリたい
という欲望とは全く関係のないことだから、信用性はあるんだよ。

>> 輸 送 で き な か っ た と考えるのが自然だろ
輸送する必要がなかったとみるべき。
騎馬兵というのは、誰でも簡単に出来るものじゃなく、子供の頃から慣れ
親しんでる蒙古人と、全く馬に乗らない農耕民である朝鮮人じゃ天と地の差

輸送というのは、最強の戦闘方法を考え兵員・武器・食料を準備し送るもの。
もともと馬に乗れもせず、落ちて怪我するような歩兵に馬は有害無益。

>> 大音響を発する威嚇装置の前でモンゴル軍が馬に乗る必要がある?
これは日本軍に対して蒙古が初めて使ったんだろ。
新兵器で対応法がわからず、驚いたというだけの代物。
手榴弾というより、めったに当たらない命中率の極端に悪い鉄砲の原型だろ。

22 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 07:34:27 ID:vx4Zmk5z

>>16 人間はすぐに慣れても、馬は簡単には慣れないだろう

慣れるだろ。
フランス革命でも騎馬隊は大活躍してたし、第二次大戦でも日本軍は
馬を兵器として使ってます。

>> 文永の役は実際には鎌倉武士は大敗したのに
日本が勝ったからこそ蒙古は退却したんだよ。
鎌倉武士が大敗してれば、九州に蒙古軍の橋頭堡を作り、傀儡政府を
つくり日本人の傀儡軍を作って、朝鮮から軍事物資がどんどん流れてくる。
橋頭堡を作るのに、大きな犠牲が出るの。

>>17 「韓国哨戒艦〜解析」のスレに貼られたという、魚雷直撃の証拠動画を出してくれ。

意味不明!

23 名前: no name :2010/09/05(日) 08:43:13 ID:CVfh4o3e

>>21
>肝心の信用性の中身が書いてない。

そんなのお前のいつもの姿だろ
なんで他人には「中身」を要求するんだ?勝手に妄想だけで憶測して「デマ」「信用性がない」とか断言するのはどこの誰?

>普通竹崎氏のエバリたい物だけは眉に唾をつけて慎重に考え客観性が必要ではあるが、それ以外に関しては経験者として信用性はある。

だ か ら 書いた画家は「経験者」じゃないんだっての!

>しかし竹崎氏の立てた手柄は、交渉の上責任者に認められて馬をご褒美に貰えたというだけだ。

単に「売り込み方がうまかった」というだけであり、「信用性があった」とは別問題、キチガイが

>鎌倉幕府のケチさがわかる。

バ カ 言 う な キ チ ガ イ
対外戦争ならともかく、この戦いは鎌倉幕府が一方的に侵略されただけの戦いだ
つまり恩賞に与えられる土地など一寸たりとも鎌倉幕府は手に入れていない
「ケチだった」とか頭がおかしいのか?

>蒙古の船に乗り込んで戦ったという話は、たぶん難破船で戦える状態の軍隊じゃなく一方的な殺戮行為だったのだろう。

その証拠を出せよ、オイ!
なんでモンゴル軍の攻撃は無罪放免なのに、日本側の攻撃は旧日本軍であれ鎌倉幕府軍であれ悪い方に悪い方に捉えるんだ?
お前、本当に日本【だけ】を極悪非道にでっちあげるよな?ふざけんじゃないよ!

>しかし蒙古の騎馬と歩兵の割合、戦闘服、武器などは竹崎氏のエバリたい
>という欲望とは全く関係のないことだから、信用性はあるんだよ。

http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/mouko/index.html
お前が引用したサイトにも「この蒙古兵を後世の追筆とする説もある」と書いてあるわけだがw
http://www.h3.dion.ne.jp/~oneone-p/ii/tetsuhau.html
このサイトはもっと詳しく「信用性」を考察している
後世の勝手な書きこみがある以上、信用性などほとんど有り得ないね

24 名前: no name :2010/09/05(日) 09:02:40 ID:XhMll9hW

キチガイは今日も元気ですね

25 名前: no name :2010/09/05(日) 09:05:56 ID:Ky444gFQ

ろくに知識も無いくせに威張って知ったかぶりするんだからな

26 名前: no name :2010/09/05(日) 09:06:02 ID:CVfh4o3e

>>21
>騎馬兵というのは、誰でも簡単に出来るものじゃなく、子供の頃から慣れ親しんでる蒙古人と、全く馬に乗らない農耕民である朝鮮人じゃ天と地の差
>輸送というのは、最強の戦闘方法を考え兵員・武器・食料を準備し送るもの。
>もともと馬に乗れもせず、落ちて怪我するような歩兵に馬は有害無益。

その話ならモンゴル兵25000人だけでも125000頭の馬が必要だろうが
計算ができないほど頭がおかしいのか?
「モンゴル人一人につき馬五頭」とは、お前が出した話だぞ
さあ、さっさと125000頭の馬の餌・水・排泄などを証明しろよ

>これは日本軍に対して蒙古が初めて使ったんだろ。
>新兵器で対応法がわからず、驚いたというだけの代物。
>手榴弾というより、めったに当たらない命中率の極端に悪い鉄砲の原型だろ。

ハイハイ、また勝手な妄想か
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%A0%B2

>鉄砲(てつはう)が銃を意味する言葉になったのは、銃が伝来してからだと言われています。
>「てつはう」は、元寇のときは「火薬を使用した音の出る武器」という意味でしたが、
>銃が伝来すると、それがこの「てつはう」と同じように火薬を使用した音の出る武器だったので、
>「鉄砲」の字が当てられ、そう呼ばれるようになったといいます。

てつはうが「鉄砲の原型」なんて有り得ない
第一お前が「信用性がある」としてる絵にも手榴弾のよう爆発している「てつはう」が書いてあるだろうが
http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/11/43/a6m5zeke1941/folder/1133050/img_1133050_29428697_7?1235043211

これのどこが「鉄砲の原型」だ?
お前は「音が同じ」という一点だけで、歴史も時間も全て無視して「てつはう=鉄砲」扱いするのか

27 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 09:12:55 ID:zu7WaIMw

>>20 間違った知識・常識を持った恵也に正しい知識・常識を学ばせようと

あなたの知識・常識が間違っていないことを証明してから書きなさい。
常識というのはマスコミに影響を受け、正義の味方として信じてしまう。

田中角栄が東京地検特捜部に逮捕され、検察リーク情報で世論誘導され
最高裁まで戦ったけど政治力を失って死なれた。
常識からきた極悪人田中角栄、逮捕の本質が洗い出される時期かも知れん。

――――引用開始――――
マスコミや検察の「正義」が絶対的なものではないということは、成熟し
た民主主義の下では当たり前のことだろう。ところが、「有罪率が100
%近い」という近代国家ではあり得ない事態の下、日本人は、長らく、
マスコミと検察は絶対正義であるという「幻想」の魔法の下にあった。

・・魔法がとけて見ると、田中角栄さんのことが気になり始めた。
あの一連の出来事は、一体何だったのだろう? あの一切の異論、反論を
許さないような報道の嵐の中で、本当に「正義」はなされたのか? 
田中角栄さんは、マスコミが描こうとしたような、極悪人だったのか?
http://www.asyura2.com/10/senkyo93/msg/839.html

28 名前: no name :2010/09/05(日) 09:20:20 ID:8xgvvT3O

恵也って人、妄想ばっかり
2ちゃんねるでもYahoo!掲示板でも世論調査.NETでもみんなにキチガイ扱いされてる不憫な子なんだね

29 名前: no name :2010/09/05(日) 09:20:25 ID:CVfh4o3e

>>22
>慣れるだろ。

どうやって?
日本にはてつはうの製造技術が無いのに
つまり日本側がてつはう対策の訓練すら出来ないのに

>フランス革命でも騎馬隊は大活躍してたし、第二次大戦でも日本軍は
馬を兵器として使ってます。

鎌 倉 時 代 の 日 本 の 話 を し ろ
キチガイはなんで時代も空間も無視するんだよ?
あくまで「鎌倉時代の日本」の話をしてんのに、なんで勝手に違う時代の話にすりかえるかな?
ナポレオンの時代や旧日本軍なんて、その時代は大音響を発する鉄砲や大砲が山ほどある時代だろ!
「てつはうを初めて見た鎌倉武士や馬」と比較にならないんだよ!

>日本が勝ったからこそ蒙古は退却したんだよ。

「矢が尽きたから」と元史には書いてあるんだが?
元々威力偵察なら長居は無用だし

>鎌倉武士が大敗してれば、九州に蒙古軍の橋頭堡を作り、傀儡政府を
つくり日本人の傀儡軍を作って、朝鮮から軍事物資がどんどん流れてくる。
>橋頭堡を作るのに、大きな犠牲が出るの。

それ以前に「補給路」はどうすんだよ?
お前旧日本軍を批判してながら、言ってること牟田口レベルじゃねえかw
対馬海峡と玄界灘を越えてモンゴルは補給線を構築しなくてはならない
にも関わらず、特に玄界灘は今でも難所の中の難所で頻繁に高麗とピストン輸送出来る土地柄ではない
これは秀吉の朝鮮出兵の時もそうだったのだから、モンゴルだって同じだと容易に想像できる

モンゴル軍は「橋頭堡」以前に補給が大変だから退いたんだよ
それにこれだけ大勝すれば、鎌倉幕府が恐れおののいて膝を屈すると思ったからな

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87
>1275年(日本の建治元年・元の至元12年)、クビライは再び礼部侍郎杜世忠を正使とする使者を日本に送る。

だからモンゴルは再び日本に使者を送ってんだろうが
モンゴルが大勝利したどころか大敗したのに、なんでモンゴルが使者を送る?
キチガイの理屈は意味不明

30 名前: no name :2010/09/05(日) 09:39:33 ID:8xgvvT3O

>>27
妄想はいい加減にしろや

31 名前: no name :2010/09/05(日) 09:40:25 ID:CVfh4o3e

>>27
>あなたの知識・常識が間違っていないことを証明してから書きなさい。

まあ、どこの掲示板サイト行っても「キチガイ」扱いのお前には常識は無いよな

>常識というのはマスコミに影響を受け、正義の味方として信じてしまう。

学校教育とか、職場生活なんかで教わるものも数多くあるんだけどね
お前はろくに学校も行かなかったし、仕事はすぐ辞めたからな・・・

>田中角栄が東京地検特捜部に逮捕され、検察リーク情報で世論誘導され最高裁まで戦ったけど政治力を失って死なれた。

「政治力を失って」は誰のせいだか解ってる?
お 前 の 大 好 き な 小 沢 一 郎 の せ い な ん だ よ
田中はロッキードで失脚した後も「闇将軍」として権力を振るっていた
しかし田中が可愛がった竹下登が田中を裏切って「経世会」を設立した
この火付け役が竹下派七奉行の筆頭「小沢一郎」なんだよ

http://www.news.janjan.jp/column/0904/0904010679/1.php
>なるほど、小沢は田中・金丸に引き立てられ、後継者として大事に育てられた。
>しかし、小沢は政権の座に就きたいために恩人の2人を後に裏切っている。
>小沢にとって、田中を「師」とする認識はなく、政界の人物すべてが「利用する」対象でしかないのではないか。

>しかし小沢は角栄を裏切った。
>1985年1月末、事実上の竹下(登)派結集であった創政会結成の動きが表面化した。
>角栄は阻止しようとしたが果たせず、「勉強会」として認めた。
>2月7日初会合を開いたのだが、この田中派内政局で、小沢は「竹下派結集」の急先鋒だったとされる。
>角栄は子飼いの議員たちに裏切られた悔しさのあまり、昼間から酒に浸る日々を送り、20日後の27日、脳こうそくで倒れ、入院した。
>その日以降、政局は「田中不在」となった。

>常識からきた極悪人田中角栄、逮捕の本質が洗い出される時期かも知れん

一番最初に「田中角栄悪者論」を主張したのはお前の好きな立花隆だったはずだが?

32 名前: no name :2010/09/05(日) 10:02:58 ID:tkF+aftU

>>あなたの知識・常識が間違っていないことを証明してから書きなさい。
せめて自分でスレ立てした>>1ぐらいは間違っていない事を証明してから書いて下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=hKiT6NnO_uw

33 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 12:42:00 ID:FSrs7qi1

>>26 その話ならモンゴル兵25000人だけでも

バカだね、俺の書いてる文章の意味がわかってないようだ。
この25000人という数字が怪しいと前から書いてるはずだが…
どうやってモンゴル兵だと判ったのかが怪しいの。

蒙古来襲絵詞には「兵員28000人」という表現だが、この表現の方が
信頼できる。戦った竹崎氏が戦闘後20年ほどして書いた言葉であり
日本軍当事者の話として、日本軍関係者の見解が判る。

あなたの言うモンゴル兵25000人、高麗兵8000人の話が怪しいの。
だいたいモンゴル人と朝鮮人を分けて誰が数えたのかさえ判らん話だ。

>> 手榴弾のよう爆発している「てつはう」
そんなのは俺のパソコンには見えん。見えもしないものは信用できん。
だいたいその絵は、鉄砲の弾が着弾した砂埃じゃないの。

本当に役に立つ手榴弾みたいな兵器だったら、兵器として伝わってる筈
伝わってないということは、命中しないビックリするだけの鉄砲だったの。

34 名前: no name :2010/09/05(日) 12:59:26 ID:rDnh+Pxz

テスト

35 名前: no name :2010/09/05(日) 13:19:28 ID:CVfh4o3e

>>33
>この25000人という数字が怪しいと前から書いてるはずだが…

「ウィキにソースが書いてある」とも指摘されてるはずだが…

>蒙古来襲絵詞には「兵員28000人」という表現だが、この表現の方が
信頼できる。

船は誰が漕ぐんだ?後方支援要員は?
ホントお前牟田口並みのキチガイ司令官だなw

そもそも、モンゴル軍の兵員の数を調べるのに「元史」や「高麗史」を無視してどうするw

>モンゴル人と朝鮮人を分けて誰が数えたのかさえ判らん話だ。

元史や高麗史調べれば?

>そんなのは俺のパソコンには見えん。見えもしないものは信用できん。

お前のパソコンが低能すぎるだけだろ
俺のでは確認できるし

じゃあ、お前が引用したサイトのを見ろよ
http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/mouko/index.html
http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/mouko/e_04.html

この真ん中の絵が有名な奴だよな
鎌倉武士の左上を見ろよ
これがてつはうだろ?

>本当に役に立つ手榴弾みたいな兵器だったら、兵器として伝わってる筈

どうやって製造方法を知るんだ?

>伝わってないということは、命中しないビックリするだけの鉄砲だったの。

だからそう書いてんだろ
お前が「非致死性手榴弾」(>>15)である事を否定してんだろが(>>21
「てつはうは鉄砲の原型だった」など大間違いのタワゴト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%A0%B2

そりゃ至近距離で炸裂すれば死んだり怪我したりするだろうが、基本的には「音響」で敵を威嚇する兵器なんだよ
特に音に敏感な馬相手なら、てつはうに驚いて暴れ馬になって操作できなくなったりするだろ
そんな敵を討ち取るのにモンゴル側がなんで馬に乗る必要があるんだよ?

36 名前: no name :2010/09/05(日) 13:52:28 ID:uEPY75bM

>>33
>そんなのは俺のパソコンには見えん。見えもしないものは信用できん

本当のことを書けよ
面倒だから見てもしないだろ?
他人の挙げたソースは見ないでシカトするのがキチガイ恵也のいつもの姿だからな

だって俺の携帯から普通に見れるしw
携帯から見れるのにパソコンで見れないはずないだろwww

37 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 15:53:59 ID:juNUW9nB

>>31 「政治力を失って」は誰のせいだか解ってる?

アメリカの意思だよ。
それによって東京地検特捜部が動き、マスコミが動かされリーク情報
という暴力で田中角栄を潰したの。
東京地検特捜部とは日本の愛国者を摘発する組織。

――――引用開始――――
岩上「それを摘発する東京地検というのは、愛国者を摘発する勢力……」

孫崎「愛国者という言葉を避けると、その時の政府に、その時の日本の権力者に
歯向かう役割で特捜部はスタートしているわけですよ。

じゃあ誰が後ろ盾にいるかというと、米軍がいたわけですよ。それが今日まで続
いているわけです」

岩上「そうなんですか、なるほど。日本国内の、国民に選ばれた正当な政治権力
に対しても特捜部は歯向かう。

その背後には、そもそも出発点からアメリカの存在があった。ということは、東
京地検が日本が対米隷属から離れて、独立独歩の道を歩もうとする政治家をねらい打ちにしてきたのは、ある意味で当たり前なんですね」
http://www.asyura2.com/10/senkyo80/msg/583.html

38 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 15:55:54 ID:k1c/NkbZ

>>29 玄界灘は今でも難所の中の難所で頻繁に高麗とピストン輸送出来る土地柄ではない

よくそんないい加減な話をデッチアゲれるね。
海の便は天気を見ながら、日和の良い日に風向きを見て行くものであり、いつ
もいつも難所なんていう様なものじゃない。
そんな事を言ったら邪馬台国の時代から中国への使節なんて送れるものか!

台風により元寇の船がなくなって、制海権をなくし輸送網が全滅したから
諦めたもので制海権の再構築と南宋を攻撃するために7年の時間が必要だっ
たと見るべき。

>> 秀吉の朝鮮出兵の時もそうだったのだから、
この出兵は制海権を中国・朝鮮連合軍に負け失ってしまったから撤退したの。

>> 日本側がてつはう対策の訓練すら出来ないのに
銅鑼でも太鼓でも訓練なら出来るだろ。
馬に耳栓やったって良いだろうに、いろんな対策はあるよ。

火薬の入手だって、密輸でも何だってやって製造技術を手に入れれるはず。
武田の騎馬軍団など、後には馬の優秀性が発揮されてる。
「てつはう」なんて対応策さえやれば、屁みたいな役立たずだったんだよ。

>> 「矢が尽きたから」と元史には書いてあるんだが?
そんな話は信用できない。
矢が尽きそうなら、その前に軍隊として、補給するのが当たり前。
逃げ帰った軍隊の責任逃れの言い訳に過ぎない。

>> 元々威力偵察なら長居は無用だし
タカが600万人の日本に、4万人の軍隊を送って偵察だなんてアンタ
ボケてるんじゃないの?

>> なんでモンゴルが使者を送る?
最優先の戦争相手国は南宋なんだよ。
各個撃破が戦争の原則。

39 名前: no name :2010/09/05(日) 16:47:00 ID:UHMrwuEa

>>37
お前さあ、>>31をろくに読みもしないで妄想を書いてんじゃねーよ
田中はロッキード事件以降も「闇将軍」として君臨していた
その権力が失われたのは竹下登と小沢一郎のせいだろうが

小沢が竹下をそそのかして田中派から経世会を分離させたんだよ
それに大きな衝撃を受けた田中は酒に溺れるようになったと書いてあるだろうが!

ロッキード事件自体では田中はまだ政治力が残っていたんだよ
竹下か当時バリバリのアメリカ万歳主義者の小沢がやった事じゃねーか!
ふざけるのも大概にしろ!


お前は小沢が自民党員だったことも、アメリカ万歳論者だったことも知らんのか

40 名前: no name :2010/09/05(日) 17:02:54 ID:UHMrwuEa

>>38
>よくそんないい加減な話をデッチアゲれるね

「デッチアゲ」はお前の専売特許だろ、アホ


>海の便は天気を見ながら、日和の良い日に風向きを見て行くものであり、

>いつもいつも難所なんていう様なものじゃない

言うよ、世間知らずのドアホウ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%98
>灘(なだ)は、沖合の中で波が荒く、潮流が速い所を指す。
>洋とも書き表わされる。
>さんずいに難という字の如く古くから航海が困難な場所とされ、そのため沿岸には避難港が発達している。


>そんな事を言ったら邪馬台国の時代から中国への使節なんて送れるものか!

だから遣唐使とかも「ウン十年に一回」の派遣だったんだろ
日中間がそんなに便利に行き来できるなら鑑真が五回も渡海に失敗するわけがない
阿部仲麻呂が月を見て故郷を嘆くわけもない

>台風により元寇の船がなくなって、

文永に台風は来ていない
竹崎季永も記録していない

>制海権をなくし輸送網が全滅したから諦めたもので

端的に言って「矢が尽きたから」なんだけど

>制海権の再構築と南宋を攻撃するために7年の時間が必要だったと見るべき

キチガイ恵也の「見るべき」は当てにならない妄想だともう解ってるから
お前、それで今まで何万回論破されたっけ?

41 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 17:33:37 ID:vNDjywJI

>>35 船は誰が漕ぐんだ?後方支援要員は?

元寇の船に乗った連中は、全員が兵員だよ。
漕ぎ手だろうと後方支援だろうと、船に乗って攻めて来たのは兵員。
だから蒙古襲来絵詞の28000人の軍勢で攻めてきたというべき。

変に詳しいというのは逆に怪しいんだよ。ソースが判らん。
攻めて来た元寇の兵員がいろいろ書いてはあるが、どれが本物なのか
断定なんて出来そうもない。

――――引用開始――――
兵は、蒙古人・女真(じょしん)人・中国人合わせて約2万人、高麗軍
8千人、舵とり・水手6千7百人、総勢約3万5千人。船は大船三百艘、
快速船三百艘、小舟3百艘、合計9百艘。
http://www1.cts.ne.jp/~fleet7/Museum/Muse036.html

42 名前: no name :2010/09/05(日) 17:36:21 ID:UHMrwuEa

>>38
>この出兵は制海権を中国・朝鮮連合軍に負け失ってしまったから撤退したの

関係ないから
撤退したのは秀吉が死んだからだし、少なくとも日本は釜山までは輸送できている(石田三成が記録している)
しかし釜山と博多の間に位置する対馬は「食糧危機に陥った」と書いてあるのを見れば、
対馬釜山間の方が、博多対馬間より楽だったのがすぐわかる

>銅鑼でも太鼓でも訓練なら出来るだろ

全部キチガイの妄想だな
訓練に銅鑼や太鼓で何とかなるか、キチガイのアホ

>馬に耳栓やったって良いだろうに、

馬用の耳栓なんて今ですら存在しないのにw
頭大丈夫か?

>いろんな対策はあるよ

キチガイのアホ妄想ならな

>火薬の入手だって、密輸でも何だってやって製造技術を手に入れれるはず

火薬を作るには硝石が必要なんだバーカ
日本は硫黄はたくさん取れたが硝石がほとんど取れなかったから戦国時代の末期まで輸入に頼っていた
日本が硝石を自給自足出来たのは戦国時代の末期から江戸時代の初期だと解っている(wiki参照)

43 名前: no name :2010/09/05(日) 17:37:18 ID:4uEBkBbR

>武田の騎馬軍団など、後には馬の優秀性が発揮されてる

「武田に騎馬軍団などいなかった」が今の定説だけどw
相変わらずアホだな

>そんな話は信用できない

お前が信用できないのは勝手だが、お前は頭が狂ってるキチガイだからね?

>矢が尽きそうなら、その前に軍隊として補給するのが当たり前

その間どうやって敵の攻撃を食い止めるんだ?
博多から高麗まで日帰りで輸送出来たとでも言うのかw
元寇から700年後の日清戦争の頃ですら以下の通りなのに

>博多湾は水深が浅く(明治海図)、船は沖合遠くに停泊した。
>日清戦争の時でも陸から海上への移動は、朝から夕方までかかっても、一日1万人が限界であった
(同書での陸軍少佐竹内栄喜の発言、敵の攻撃がない場合)

恵也は嫌いなはずの牟田口並みに輸送を考えないキチガイだからな

>タカが600万人の日本に、

600万人である証明もしてないくせに
アンタボケてるんじゃないの?

>4万人の軍隊を送って偵察だなんてアンタボケてるんじゃないの?

お前こそ「10人」で威力偵察できるなんてボケてるんじゃないの?
偵察と「威力偵察」の違いぐらい理解しろよ、底無しのキチガイ

>逃げ帰った軍隊の責任逃れの言い訳に過ぎない

逃げ帰った割りには高麗史でも元史でも処罰されてないけど
最初から撤退が計算済みの行動だからなんだよ

>最優先の戦争相手国は南宋なんだよ

南宋は弘安の役の頃には滅んでるよw

44 名前: no name :2010/09/05(日) 17:44:24 ID:4uEBkBbR

>>41
>元寇の船に乗った連中は、全員が兵員だよ
>漕ぎ手だろうと後方支援だろうと、船に乗って攻めて来たのは兵員だ

馬鹿すぎw
モンゴルには海戦のノウハウがほとんど無かったわけだがw
もし日本が海上で攻撃してきた時は誰がどうやって指揮を取るんだw

日本の檀の浦の戦いでも、はたまた同時期のモンゴルのチャンパ遠征でも、兵員と船員を分けていたわけだが

お前の引用したサイトも兵員と船員は分けてるだろキチガイが
自分の引用したサイトも読めないのか?

45 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 18:46:08 ID:vzSVI/tt

>>39 バリバリのアメリカ万歳主義者の小沢がやった事じゃねーか!

アメリカ万歳主義者なんて小沢と違うだろ。
むしろ岸・福田・森派に繋がる連中のことだ。

田中角栄を初め、政治と金で東京地検特捜部に狙い撃ちされてきたのは
日本独立派の連中で、CIAのスパイだった岸信介など噂だけで捕まらん。

――――引用開始――――
いまだに日本ではタブーだが、我々はアメリカのCIAによる間接統治の
実態をきちんと知るべきだ。

アメリカはかつてのA級戦犯のうち、情報機関への協力を約束した有力
者を釈放している。冷戦の最中、自主外交を主張した石橋堪山首相が3
ヶ月ももたず、体調不良を理由に辞職し、元A級戦犯の岸信介が首相に
なって、日米新安保を強行したのはなぜか。
http://www.asyura2.com/09/senkyo73/msg/661.html

46 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 18:47:53 ID:wazQEs/D

>>40 文永に台風は来ていない

アンタ多くの記事を、自分の目で読んでないのじゃないの?
真面目に読みなさい!

――――引用開始――――
志賀島西海岸(供養塔)に漂着したので、捕まえた百二十人位の内、幹部
級五人を鎌倉に送り、他の者は引き並べて頸を切ったという。
ところが、その夜、突然の大嵐となり、一夜にして元の船を沈めてしまっ
たのである。
http://www1.cts.ne.jp/~fleet7/Museum/Muse036.html

>> 古くから航海が困難な場所とされ
困難と不可能とは違うんだよ。
この当時の航海術は非常に発展して、弘安の役の120年後には中国の
鄭和という人が中国からインド、アフリカまで大艦隊で貿易促進の
キャラバン船まで派遣してます。

外洋航海が出来るのに、こんな日本海の対馬あたりで航海が困難なんて
笑わせるんじゃないよ。
アンタは航海術の発達を無視してるのじゃないかね。

――――引用開始――――
鄭和が率いた大艦隊は東南アジアからインド洋・ペルシア湾にいたり、
一部はアフリカ東岸にまで達し、南海諸国の対明朝貢をさかんにした。

鄭和の大航海はヴァスコ・ダ・ガマに匹敵し、その規模はヨーロッパ
の大航海時代を担ったどの艦隊も凌いでいる。
http://www1.cts.ne.jp/~fleet7/Museum/Muse059.html

47 名前: no name :2010/09/05(日) 19:18:20 ID:4uEBkBbR

>>45
>アメリカ万歳主義者なんて小沢と違うだろ

なんでこんな嘘が平然とつけるかね
田中が政治力を失ったのは「竹下と小沢が裏切ったから」と書いてあるのに頭悪くて理解できないんかね?

自民党時代の小沢はアメリカマンセーだったのも調べりゃすぐに解るのに
http://plaza.rakuten.co.jp/heitei48kagawa/diary/200801040003/
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/467.html
http://yomi.mobi/read.cgi/news23/news23_news_1184268495
http://blogs.yahoo.co.jp/nisekoannnuburi/23359728.html
http://ameblo.jp/dfvdzsfv/entry-10322294239.html

どうせお前は、都合が悪いソースは無視するんだろ

48 名前: no name :2010/09/05(日) 19:30:46 ID:4uEBkBbR

>>45
>冷戦の最中、自主外交を主張した石橋堪山首相が3ヶ月ももたず、体調不良を理由に辞職し

ハイハイワロスワロスw
実際に石橋は肺炎と脳梗塞で死にかけてたわけだが、匿名の陰謀論なんか根拠にするとはますます屁理屈が苦しくなってきたなw
石橋が首相に就任した時、石橋は72歳だ
「大院君はボケ老人だ」がキチガイ恵也の持論だったはずだろ?
当時の平均寿命から換算すれば、キチガイ理論では120歳を越えるはずだろ

よくこんなデタラメな匿名書きこみを根拠にするねぇ

49 名前: no name :2010/09/05(日) 19:42:21 ID:4uEBkBbR

>>46
>アンタ多くの記事を、自分の目で読んでないのじゃないの?
>真面目に読みなさい!

全部そっくりお前に返すよ
キチガイ恵也の理論では、「極悪非道な日本軍と違ってモンゴル軍は略奪や虐殺なんかやらない」はずじゃなかったのか?
お前の引用したサイトには何を書いてあるんだ?

>資国らは、たちまち、討ち死にし、小茂田の家屋は焼き払われ、焦土と化した
>この際、島の男は見つけ次第殺し、島の女は掌に穴を開けられ縄を通して船縁に吊るされたと言う。
>後世「蒙古高句麗(むくりこくり)がやってくるぞ」と子供を諌めるときにいわれる所以である
>志賀島の住民は、和白、立花を経て、宇美、太宰府方面に避難したが、逃げおくれた者は、惨殺されたらしい

「虐殺はホラズムだけが例外」じゃなかったんかい?
それに余りの恵也の馬鹿さにクソフイタんだけどw

>二十一日の朝、夜が明けると、博多湾の元船は皆引き上げてしまっていた。

こう書いてありますがw
台風は 全 く 関 係 な い よねw

50 名前: no name :2010/09/05(日) 19:59:45 ID:4uEBkBbR

>>46
>困難と不可能とは違うんだよ

話をすり替えんなキチガイ!
誰も「不可能」なんて言ってないから
お前が「いつもいつも難所なんていう様なものじゃない」と>>38で書いたんだろ?
「灘」という言葉の意味自体「いつもいつも難所」を意味する単語なのにw

>この当時の航海術は非常に発展して、弘安の役の120年後には中国の鄭和という人が
>中国からインド、アフリカまで大艦隊で貿易促進のキャラバン船まで派遣してます

日 本 の 話 を し ろ
日本に鄭和並みの航海術があったのか?

それに「120年後」ってw
そんな莫大にかけ離れた時間を同一視すんのかよwww
じゃあ今から120年前の1890年には、日本にもうインターネットが有ったんだ?w
新幹線や電気自動車、航空機が存在したんだ?w
キチガイ理論では、1890年の科学技術を語るのに「アンタは科学技術の発達を無視してるのじゃないかね」とか言い出せるんだ?w
なんかスゲートンデモ理論だぞ


>外洋航海が出来るのに、こんな日本海の対馬あたりで航海が困難なんて笑わせるんじゃないよ

それ日本の話じゃないし、日本は遣唐使を廃止してから300年近く航海術を発達させてないんだけど?
遣唐使ですら「ウン十年に一回」の出来事なのに、廃止してから300年後の日本には遠洋航海技術が存在したんだ?w
鑑真や阿部仲麻呂はなんで苦労したんかねぇ

>アンタは航海術の発達を無視してるのじゃないかね

アンタは時間も場所も世界も無視してるのじゃないかね
1890年の科学技術と2010年の科学技術が同じに見えるお前は精神病院行けよ

51 名前: 恵也 :2010/09/05(日) 22:41:44 ID:azGOnRIt

>>44 モンゴルのチャンパ遠征でも、兵員と船員を分けていたわけだが

分けて何かに書いてあるだけの話だろ。
だから何なの?
アンタの浅い知識を見せびらかせたいだけなのかな。

何のために兵員と船員を分ける必要があるんだろうね。
兵員兼船員にしておけば良いだけなのに。

源平の合戦で、源義経ははじめに兵を狙わず漕ぎ手を狙って殺し
船が動けないようにして平家の軍を滅ぼしたという。
分ければ良いというものじゃあるまい!

――――引用開始――――
卑怯な義経は平家の船の漕ぎ手だけを狙って矢を射って船を動けな
くしたんです。あそこで潮の流れが変わらなければ絶対平家が勝っ
ていましたから、歴史は変わっていたんですよ。」

いやはやご立派、ここまで先祖を敬い八百年経っても敵を許さないなんて。
http://homepage3.nifty.com/kazgoto/world/fugu07.htm

52 名前: no name :2010/09/05(日) 22:44:58 ID:tkF+aftU

>>アンタ多くの記事を、自分の目で読んでないのじゃないの?
>>真面目に読みなさい!
あれ?
別に>>40氏が真面目に読んでないという事に賛同する気は無いが、
・自分が出したサイトの文章も真面目に読まない
・相手が出したソースは「何で俺が読まなきゃいけないんだ」
・自分のパソコンで見られないソースは価値が無い
がお前のロジックだったはずだろ?
何で他人にはこんな居丈高に吼えられるんだ?

>>この当時の航海術は非常に発展して、弘安の役の120年後には中国の
>>鄭和という人が中国からインド、アフリカまで大艦隊で貿易促進の
>>キャラバン船まで派遣してます。

>>外洋航海が出来るのに、こんな日本海の対馬あたりで航海が困難なんて笑わせるんじゃないよ。
>>アンタは航海術の発達を無視してるのじゃないかね。
お前さあ、元が玄界灘を越えてピストン輸送出来る事をお前が証明しなければ、
お前の論理は破綻するって分からないのか?
何が「120年後」だよ。
そもそもモンゴル帝国の話自体も近代軍隊が戦争を終わらせる終わらせない
で苦し紛れに出したもんだしな。

53 名前: no name :2010/09/05(日) 23:11:35 ID:tkF+aftU

>>分けて何かに書いてあるだけの話だろ。
>>だから何なの?
>>アンタの浅い知識を見せびらかせたいだけなのかな。
お前が>>41で「元寇の船に乗った連中は、全員が兵員だよ」
なんて言うから>>44氏がわざわざ教えてくれたんだろ狂ったのか?

と言うか>>51のレスは要するに「元寇の船に乗った連中は、全員が兵員だよ」
が間違いなを認めてるんだよな?
何でいい加減な事を書いた事に対する謝罪も
自分の間違いを訂正してくれた事への感謝も書かずに
「アンタの浅い知識を見せびらかせたいだけなのかな」
こんな気色の悪い煽りでしか返せないんだよ?
と言うか「浅い知識」と言うなら、その「浅い知識」すら知らないお前は何なんだ?

で、結局恵也は、ジンギスカンが虐殺者だった事は理解出来たのかよ?
お前これに関してはお仲間の妄想家すら引っ張ってこられないって事は、
お前の定義では「ジンギスカンは虐殺してない」はお前一人の「主観的な妄想」って事だよな。
それが認められないから元寇に話を引っ張ってきて、
論破されるのを先送りにした気になってるだけじゃないだろうな?

54 名前: no name :2010/09/05(日) 23:12:21 ID:3lMZidi3

>>51
>だから何なの?
>アンタの浅い知識を見せびらかせたいだけなのかな

それはお前の話だろw

>何のために兵員と船員を分ける必要があるんだろうね
>兵員兼船員にしておけば良いだけなのに

何をやってもド素人の人生破綻者らしい暴言だなw
そんな簡単にやれるならみんなやってるよ、お前みたいなキチガイに言われなくても

どう見ても兵士も船員も「片手間」で出来る仕事内容じゃないだろ

釜山から対馬を落としたあと、そのまま博多まで来て兵を揚陸するのに1日はかかるんだけど
1日エンヤコラと船を漕いだあと、今度は休みなしで合戦だってかw

「牟田口並み」というのは訂正するわ
お前は「牟田口未満」だ
お前は兵の「疲労」とか全く考えないんだな

また、万一日本が強すぎて退却する可能性があるかも知れない
出港準備は誰がやるんだ?

55 名前: no name :2010/09/06(月) 00:23:17 ID:b8xCZdWM

>>51
>何のために兵員と船員を分ける必要がある んだろうね
>兵員兼船員にしておけば良いだけなのに

http://blog-imgs-35.fc2.com/3/k/s/3kstyle/lrg_16615536.jpg

オール漕いだあと休みなしに戦闘かw
血も涙もないクソ指揮官だな

56 名前: 恵也 :2010/09/06(月) 10:37:45 ID:XIlM9Ek+

>>39 その権力が失われたのは竹下登と小沢一郎のせいだろうが

竹下と小沢は田中角栄を支えていたんだよ。
それでもアメリカと東京地検特捜部、マスコミの総攻撃に支えきれず
とうとう逃げ出して、独自の道を歩みだしたの。

だからこそ田中角栄裁判をすべて、小沢一郎は傍聴して研究した人間。
これだけ義理固い人間はめったにいないよ。
その証拠に、田中真紀子とも完全に仲直りしてるだろう。

ロッキード事件はアメリカ議会で問題になり、日本に波及したもの
だけど、そもそもアメリカ政府によって提起されたもので、角栄に
対する罠だったんじゃないかね。

角栄は最後まで自分では「違法行為を行ってない」と無実を信じて
たのだろうが、インターネットのない世の中では情報戦に完敗した。
今だったら角栄の論理も聞けたと思うけど、あの時はマスコミ情報
量に対抗できず俺も聞くことは出来なかった。

57 名前: 恵也 :2010/09/06(月) 10:40:39 ID:UufgU2P3

>>42 訓練に銅鑼や太鼓で何とかなるか、キチガイのアホ

この意味が判らんかね、アンタには。
馬の耳を、音に鈍感にさせたら良いだけだろ。
耳栓も良いと思うよ。人間に使えて馬に使えないはずがない。

>> 戦国時代の末期まで輸入に頼っていた
日本人の特徴として、火薬の威力をみれば物真似に夢中になるだろう。
まず、元から火薬を手に入れ製造技術をスパイしたり大騒ぎしてでも
似たようなものは作れたんじゃないかね。
大量生産までは行かなくても、日本人なら試験的生産はやってるよ。

>>43 「武田に騎馬軍団などいなかった」が今の定説だけどw

アンタだけの定説だろ。
山梨県にはいたことがないけど、長野県では天皇家の御料牧場と
いうのがあったが、昔から馬の育成は藩の最優先事項だったんだぜ

>> その間どうやって敵の攻撃を食い止めるんだ?
矢がなくなるずっと前に補給の段取りをするの。
それが出来ないような軍隊じゃ、とてもじゃないが軍隊とはいえん

>> 日清戦争の時でも陸から海上への移動は、朝から夕方までかかっても、一日1万人が限界であった

それは兵員移動の港が小さかったからだろう。
弘安の役では14万人の元寇が来たというけど、彼らの乗り降りは小船を
使い、港じゃない場所で乗り降りしたんじゃないかね。

>> 600万人である証明もしてないくせに
鎌倉時代の人口は600万人というのは、俺なりにネットで調べた数字
だけど、なんだったらアンタも自分で調べたら?
「鎌倉時代 人口」で検索したらいろいろ出てくるよ。

>> 逃げ帰った割りには高麗史でも元史でも処罰されてないけど
あなたは高麗史や元史をぜんぶ読んだのかね。
すごいね、俺には読む手段さえないよ。
普通考えると戦争で攻め込んで失敗したら、大金もかかってるし人も
死んでるし、失敗の責任問題は発生すると思うけど…

>> 南宋は弘安の役の頃には滅んでるよw
元から日本に使節が来たのは文永の役の翌年だろ。
その頃の南宋は、元の最大の敵国。

58 名前: Delivorync :2010/09/06(月) 10:49:26 ID:Uq1u5je/

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59 名前: no name :2010/09/06(月) 13:21:00 ID:+yvZk5Yv

>>56
また話をそらすw

何度も同じこと言わせるな!

ロッキード事件以降も、田中角榮は「闇将軍」として君臨していたんだっての!

確かに総理大臣には返り咲く事は無かったが、総理大臣だけが日本の権力を計るメルクマークじゃなかろうに
ロッキード事件自体は田中の政治権力を死に追いやるものではなかったんだよ

完全に田中を追いやったのが、竹下と小沢による「経世会分離」だったんだよ


>それでもアメリカと東京地検特捜部、マスコミの総攻撃に支えきれずとうとう逃げ出して、独自の道を歩みだしたの

いつものお前なら「アメリカに屈したヘタレ!」とか言ってボロクソに非難するくせに、相手が小沢なら無罪放免ってか

>これだけ義理固い人間はめったにいないよ

それは経世会分離前の話だから
経世会分離後の話をすべきなのに、なんで経世会分離前の話に時間軸を巻き戻しするんだ?

>そもそもアメリカ政府によって提起されたもので、角栄に対する罠だったんじゃないかね

だからって、この事件単体では田中の政治権力には影響は出ていない
何度も繰り返すが、田中の政治権力が失われ、田中の死期を早めたのは竹下と小沢の裏切りだから

>あの時はマスコミ情報量に対抗できず俺も聞くことは出来なかった

お前が不勉強で無知なだけ
小室直樹ってお前が嫌いそうな保守の評論家は、田中を最初から最後まで擁護していたぞ
保守の側には結構田中を弁護する人が多かったんだよ

60 名前: 恵也 :2010/09/06(月) 13:23:16 ID:46bZDfRA

>>53 その「浅い知識」すら知らないお前は何なんだ?

そんな話は知らなくったって、お互いドングリの背比べだろ。
問題は知識じゃなく、知恵なんだけどね。

>> ジンギスカンが虐殺者だった事は理解出来たのかよ?
伝説で伝えられてるほど酷い虐殺者だったら、世界征服なんて無理。
もっと公平で自分の部下からも、戦争で征服された住民からも支持を
うける政治をしてなければ、あれだけ巨大な存在にはなれない。

ジンギスカンは虐殺をしたが針小棒大な「デマ」が伝説には混入し
てるというのが俺の自論。
いろんなHPを検索しても虐殺行為伝説は盛りだくさんだが、俺み
たいに伝説に異議を唱えてる人はいないね。

それだけ俺には人とは違った独特のヒラメキがあるわけだ。
アンタみたいに、人と同じ考えだと安住する人間じゃない。
俺は逆に、人と変った考えを自分でとくに大切にしたがってる人間。

61 名前: 恵也 :2010/09/06(月) 13:26:11 ID:5iCjriWO

>>54 どう見ても兵士も船員も「片手間」で出来る仕事内容じゃないだろ

兵士も船員も短時間の訓練で、片手間で出来る部門がある。
トラブルが起こった時や、指揮命令をするにはそれだけの経験や知識
が必要だが、一兵卒や平船員なら健康であれば十分なの。

アンタは主婦にまで竹やりを持たせて、軍事訓練した昔の日本を知
らないようだね。イスラエルでは女性でも兵隊にされるぞ。
スイスでは短期間の軍事訓練で、いつもは普通の仕事をしててイザとなったら兵隊に早代わりだ。これこそ方手間の兵士だろ。

>> 兵を揚陸するのに1日はかかるんだけど
兵を揚陸させるには、橋頭堡を作らんといかん。
敵の兵力にもよるが、橋頭堡を確保するだけでも1日以上かかるよ。

橋頭堡を確保する専門部隊が、普天間にいる米海兵隊だ。
よその国に侵攻する尖兵の活躍は、作戦の成功・失敗に直結するもの。
元寇の場合は、この橋頭堡の確保に失敗した実例。

>> 1日エンヤコラと船を漕いだあと、今度は休みなしで合戦だって
船を漕ぐのは交代だよ。
交代で休まなければ、腕は動かなくなってしまう。
速度を得るには、適度に休み、適度に食べ、適度に眠らなければ
ならないのは常識。熱中症で死んじゃうぞ!

>> 出港準備は誰がやるんだ?
俺の経験からいうと、船を動かさない時には3人くらいで十分。
逃げ出す時には、乗り込んだ連中に手伝ってもらえばいいの。

62 名前: 恵也 :2010/09/06(月) 13:30:51 ID:XqtevjhC

>>55 オール漕いだあと休みなしに戦闘かw

当たり前だろ。
戦闘は生きるか死ぬかの、紙一重で戦う行為。
死んだら取り返しはつかん。

ダイタイ船においては、船の運航と仕事は一緒にするもの。
俺がマグロ船に乗ったときにも、機関部で仕事はしても漁期
になると、全員で縄を引き上げるもの。

忙しい時には全員が動員されるのは当たり前なんだよ。
それが命がけの戦闘の時に、休むバカがいるか!!!

63 名前: no name :2010/09/06(月) 13:39:10 ID:+yvZk5Yv

>>57
>馬の耳を、音に鈍感にさせたら良いだけだ

キチガイの妄想
馬は人間以上に音に敏感だから伏兵とか人間よりすぐに気づいてくれる
八幡太郎と呼ばれた源義家や奥州藤原氏の藤原清衡などは馬のお陰で伏兵の難を逃れている
その馬の耳をツンボにするなどキチガイの妄想は全く非常識だ

>似たようなものは作れたんじゃないかね
>大量生産までは行かなくても、日本人なら試験的生産はやってるよ

証拠出せよ、オラ
日本には火薬の原料となる硝石が戦国時代末期まで産出しなかった
ほとんどを輸入に頼っていたから南蛮貿易港の堺を押さえた織田信長は強大化したんだよ
硝石無しにどうやって火薬を作れるのやらw

>アンタだけの定説だろ

キチガイがモノを知らなすぎなだけだ

>山梨県にはいたことがないけど、長野県では天皇家の御料牧場というのがあったが、昔から馬の育成は藩の最優先事項だったんだぜ

だから何だよアホ
それのどこが武田に騎馬軍団がいた証拠なんだ?
「藩の最優先事項」ってお前頭おかしいなw
藩って江戸時代から使われる単語なんだよ
戦国時代の武田に用いられる事は絶対に有り得ないんだよ
つまりその「藩の最優先事項」は武田では有り得ない

http://www.spacelan.ne.jp/~daiman/rekishi/takeda04.htm
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1744903.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%AF%A0%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#.E6.AD.A6.E7.94.B0.E9.A8.8E.E9.A6.AC.E8.BB.8D.E5.9B.A3.E3.81.AE.E5.AD.98.E5.9C.A8

武田に騎馬軍団はいなかったという事実すらキチガイは認めないらしい

64 名前: no name :2010/09/06(月) 13:55:22 ID:+yvZk5Yv

>>57
>矢がなくなるずっと前に補給の段取りをするの

バカかお前?
じゃあ船が補給のために戻ってる最中に、もし万が一モンゴル軍が大敗したらどうやって逃げるんだ?

そもそも「矢がなくなった」は元史に出てくる話である
元の側が自分で言ってるのにキチガイは証拠も出さないでそれを疑うとかw

なんで妄想で歴史を語るかね
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87#.E6.96.87.E6.B0.B8.E3.81.AE.E5.BD.B9
>なお、文永の役は侵攻というより、威力偵察ではないのかとの説もある。
>根拠として、本来モンゴル帝国の軍事行動では、事前に兵力100〜1万規模での敵地への威力偵察を数度段階的に行った後、
>本格的な侵攻を行う場合が多くまた『元史』「日本伝」には元軍の矢がすぐに尽きたという記述が見られることと、
>3万人程度(中には非戦闘員もいる)という少ない兵力からこの説も根強い
>『元史』「日本伝」は元側の記録であり、自分達で矢が尽きたと記録しているため信憑性は高いと見られる。
>本格的に侵攻し領土とする、または服属させるには、
>3万人程の人数で、当時の主力武器である弓の矢がすぐに尽きる程度の準備で来るとは考えにくい。
>元軍は大陸での野戦でも、騎馬兵の機動力を生かし、敵と一定の距離を保って馬上からの騎射で相手を損耗させる事を主な戦法の一つにしている。
>つまりこの準備不足の侵攻劇が、日本を見くびっていた故の判断ミスではなく、はじめからおり込まれていたという説である

「日本を見くびっていた」であれ「威力偵察」であれ、「矢が尽きた」は事実とされてるんだが

>それが出来ないような軍隊じゃ、とてもじゃないが軍隊とはいえん

つまりお前の想定する「軍隊」は軍隊じゃないってこった

>彼らの乗り降りは小船を使い、港じゃない場所で乗り降りしたんじゃないかね

小船で灘に来るとはよほどの命知らずだと思うけどw
それにしたって、小船を漕ぐための船員が必要だよなぁ?
むちゃくちゃに漕いだって船はまっすぐに進まないんだから
そんなの公園のボートで誰でも体験できるよ
彼女が出来なかった知的障害者は知らないらしいがw

65 名前: no name :2010/09/06(月) 14:02:15 ID:BnxICDAf

>>57
>あなたは高麗史や元史をぜんぶ読んだのかね
>すごいね、俺には読む手段さえないよ

図書館行けよw
元史だって全部なんか読む必要が無い
フビライの日本がらみの部分と日本伝を読めば良いだけの話だ
高麗史だってほとんど同様

キチガイの屁理屈では、頭から終わりまで全て読まないと読んだ内に入らないのか

>元から日本に使節が来たのは文永の役の翌年だろ

弘安の役の2年前にも送ってるけどw

66 名前: no name :2010/09/06(月) 15:05:56 ID:BnxICDAf

>>60
>そんな話は知らなくったって、お互いドングリの背比べだろ

お前以外の人間はみんなお前よりは上だから
少なくともお前みたいにマイクロソフトを違法コピーしないし

>問題は知識じゃなく、知恵なんだけどね

無知恵也の精一杯の反撃ですね?解りますw
知恵すら無いくせに笑わせんな

>伝説で伝えられてるほど酷い虐殺者だったら、世界征服なんて無理

そんな事言ってるのはお前だけだし、そもそもジンギスカンは「世界征服」なんて達成してないわけだが

>もっと公平で自分の部下からも、

略奪品は部下に分配するなら部下の支持は得られるよなw

>戦争で征服された住民からも支持をうける政治をしてなければ、あれだけ巨大な存在にはなれない

その証拠を出してくれよ
聖人君子が天下を治めるなんて、秦の始皇帝の時代には破綻してんだよ
秦のどこが民衆の支持があったんだ?漢のどこが民衆の支持があったんだ?新のどこが民衆の支持があったんだ?

バカじゃねーの?このキチガイ

>いろんなHPを検索しても虐殺行為伝説は盛りだくさんだが、俺みたいに伝説に異議を唱えてる人はいないね

つまり、キチガイ一人の妄想だって証拠だね
お前自身モンゴルの専門家でもなんでもないくせに

>それだけ俺には人とは違った独特のヒラメキがあるわけだ

つまりお前はお前自身の書いた定義によって「気違い」になるわけだ

http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1281996669/431n
>キチガイとは気違いと書き、普通の方と違い幻が見えたり、幻聴が聞こえて自立した生活が一人で出来ない方のこと


>アンタみたいに、人と同じ考えだと安住する人間じゃない
>俺は逆に、人と変った考えを自分でとくに大切にしたがってる人間

だからってお前の意見が「正しい」事の根拠には何にもならないわけだが
むしろ晩年のヒトラーみたいに「根拠なき直感」を振り回す分始末に悪い

67 名前: no name :2010/09/06(月) 15:43:52 ID:BnxICDAf

>>61
>兵士も船員も短時間の訓練で、片手間で出来る部門がある

バカ?
「出来る部門がある」と「出来る」は意味が違うだろ

>これこそ方手間の兵士だろ

お前、スイスバカにしてんのか?
片手間どころか猛訓練だぞ

>敵の兵力にもよるが、橋頭堡を確保するだけでも1日以上かかるよ

「船を漕いで」から「揚陸する」までがこの文章にはかかるんだよ、アホ
敵が全く存在しなくても1日は必要なんだけど

>元寇の場合は、この橋頭堡の確保に失敗した実例

それは弘安の役の話
文永の役の時はモンゴルは上陸してるし元の圧勝なんだが
まあ局地戦では日本側が有利だった部分も有ったがね

>船を漕ぐのは交代だよ

誰もそんな事言ってねーよ、アホ
交代制だろうが何だろうが、合戦の前に兵隊の体力を無駄遣いするバカがどこにいる?
兵員と船員を分けるのはそういう理由だろうが

兵員は船の中で体力を温存し戦闘で活躍する
船員は船を漕ぐのに集中して戦闘では後方にいて体力を温存する

それが当たり前なんだよ

>俺の経験からいうと、船を動かさない時には3人くらいで十分

お前、こんなガレー船みたいなの漕いだ「経験」があるのかw
お前がマグロ漁船に乗ってたのは知ってるけど、マグロ漁船ってこんなガレー船みたいな物だったのかwww

>逃げ出す時には、乗り込んだ連中に手伝ってもらえばいいの

バカ丸出し
モンゴル軍には海戦のノウハウが無いんだっての!

68 名前: no name :2010/09/06(月) 15:55:59 ID:BnxICDAf

>>62
>俺がマグロ船に乗ったときにも、機関部で仕事はしても漁期になると、全員で縄を引き上げるもの

お前のマグロ漁船はガレー船みたいなのなのに、なんで「機関」が有るのかね?
明らかに元寇時代の船乗りより機械技術の進歩で楽になってんだろ

800年前の元寇を語るのに、今の機械エンジン付きのマグロ漁船を例に出すんじゃねー!

>それが命がけの戦闘の時に、休むバカがいるか!!!

いるね
断言してやるよ

戦うにしても武芸の心得=訓練を受けてなければ戦闘力の役に立たない
武器が無ければやはり戦えない
いざ負けそうになって退却するときは船乗りが一番必要になる
無駄に死なせるなど有り得ない

元寇時代の船を、マグロ漁船で語るキチガイかよ
話にならねえ

69 名前: 恵也 :2010/09/06(月) 16:22:31 ID:mJVUPWvc

>>50 日本に鄭和並みの航海術があったのか?

ここで話してるのは元の航海術だろ。
元には4万人の兵員をいっぺんに日本に送るだけの造船能力
航海術・企画力を元が所有していたわけだ。
それが弓矢が不足したからと、逃げ帰るというのには疑問がある。

>>49 台風は 全 く 関 係 な い よね
その艦隊が移動した翌日には、大風が吹いてるだろ。
関係は十分あるよ。

>>「極悪非道な日本軍と違ってモンゴル軍は略奪や虐殺なんかやらない」はずじゃなかったのか?
俺はそんな事を言ってない!

70 名前: 恵也 :2010/09/06(月) 16:24:33 ID:6H5CJVLD

>>52 そもそもモンゴル帝国の話自体も近代軍隊が戦争を終わらせる
>> 終わらせないで苦し紛れに出したもんだしな。

ジンギスカンには昔から興味はあったよ。
あんなに少ないモンゴル民族を率いて、しかも民族の統一の前に
は弱小部族だったのに45歳くらいで統一し、20年ほどで世界
一の強い国家になり子孫が世界を征服するまで行ってしまった。

ジンギスカンの虐殺伝説と30万人も殺したという南京虐殺事件
との類似性を見ると、あなたはそんな英雄に興味はないのかな。

大虐殺をした中島今朝吾中将や、朝香宮鳩彦中将のフランスで
のジンギスカン伝説知識が悪影響を与えたとみてる。
実体験ではなく、机上の知識で命令を下した雰囲気がある。

――――引用開始――――
第16師団の一砲兵観察分隊長沢田正久の証言によると:

「捕虜の数が1万くらいに達した時、軍司令官に報告され、司令部
から即時銃殺せよと命令された。」

この命令は明らかに上海派遣軍参謀長の飯沼守からのものだと容易
に見てとれるであろう。なぜならば、沢田は彼を更にこう批判して
いる、「5か月前、東京で飯沼の講演を聞いた時、飯沼守はまだ捕虜
には寛大に対処すべきだと言っていたが、今は一転して”即時銃殺
…このような重大な問題について決して自分の意志で決めることは
できない。日本軍司令官朝香宮鳩彦王は日本天皇裕仁の叔父であり
松井(華中方面軍総司令官に昇格した)に引き継ぎ1937年12月2
日から天皇によって上海派遣軍司令官に任命され、12月5日に前線
に赴任していた。
http://www.come.or.jp/hshy/j95/11si1.html

71 名前: 恵也 :2010/09/06(月) 16:26:25 ID:smMfXL+T

>>59 田中の死期を早めたのは竹下と小沢の裏切りだから

俺は裏切りとはみない。
あのまま竹下と小沢が田中派にいたら、竹下も小沢も零落せ
ざるを得なかったろう。日本のためには逃げ出して正解。

アメリカの日本マスコミや政府への影響力は無視できない。
確かに立花隆氏の見解の通りだ。
しかし東京地検特捜部がこれど腐敗した存在とは思わなかった。

――――引用開始――――
もう30年ほど前になるが(大平内閣の頃だったと記憶する)、ある
とき、日本のトップ官僚の最右翼的立場にある人と、くだけた懇談
をする場に居合わせたことがある。

はじめその人は、私が「角栄研究」の筆者と知って警戒心をもって
私に接していたが、座がかなりくだけてきたところで、いきなり、
私に向き直って、 「立花さん、あなたは、日本の政治(政策)を
動かしているパワーの中で最大のものは何だと思いますか?」
と正面きった質問をぶつけてきた。

私は自民党の大派閥のボスたち、財界、圧力団体、イデオロギー
的指導者、大マスコミなど、一般にその問いに対する答えと考え
られているものをいろいろならべたが、彼はニコニコしながら、
その答えのすべてに頭をふり、その後で、スパッと、

「アメリカの意志ですよ」

といった。
http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/050811_kaigai/index2.html

72 名前: no name :2010/09/06(月) 16:32:08 ID:K9Mky2c7

>>69
>元には4万人の兵員をいっぺんに日本に送るだけの造船能力航海術・企画力を元が所有していたわけだ

元じゃなくて、船を作ったのは高麗だろ
しかも120年後の明の時代に存在した航海術を元寇に当てはめて何の意味がある?

底抜けのアホ

>その艦隊が移動した翌日には、大風が吹いてるだろ

「翌日」に吹いてんのに、なんで関係があるんだよ?
バカか?

>俺はそんな事を言ってない

ハーテ?キチガイは自分で書いた事も平然と忘れるw
http://bbs.nicovideo.jp/test/read.cgi/question/1280193397/480n

73 名前: no name :2010/09/06(月) 17:55:04 ID:P3HTWEe3

>>70
>子孫が世界を征服するまで行ってしまった

そんな事実はないね
いつ世界征服したんだ?
日本は服従しない、インドには侵入していない、ベトナムでは大敗した、インドネシアでは利用された挙げ句に追い出された
世界征服なんて達成してないんだがね
ジンギスカンの孫の代には、ジンギスカンの一族同士で内戦してるし

>大虐殺をした中島今朝吾中将や、朝香宮鳩彦中将のフランスでのジンギスカン伝説知識が悪影響を与えたとみてる

証拠出してくれよ
朝香宮がフランスでジンギスカンを研究したなんてサイトは見つからない

そもそもここでも「極悪非道な日本軍とそうじゃないモンゴル軍」という対比で書いてんだろ
何が「そんな事書いた記憶がない」だw
頭悪い奴だ

>>71
>俺は裏切りとはみない
>あのまま竹下と小沢が田中派にいたら、竹下も小沢も零落せざるを得なかったろう。

じゃあなんで田中は酒浸りになって脳溢血か何かで倒れたんだ?
なんでロッキード事件ですら「闇将軍」としてチヤホヤされて権勢を振るっていた田中が、全く影響力が消滅したんだ?
キチガイは嘘つき過ぎ!

>日本のためには逃げ出して正解

それを裏切りと言うんだよw

田中を意地でも守るのが真にアメリカから独立を目指す者がやる行動だろ


小沢がアメリカマンセーだった過去については理解したのか?

74 名前: 恵也 :2010/09/06(月) 18:08:09 ID:4V0DkpYz

>>63 硝石無しにどうやって火薬を作れるのやらw

アンタよりは俺のほうが知識が多いようだ。
硝石はなぜ必要なのかを考えないのかな。

火薬の原料に窒素が必要で、窒素が沢山あるのは硝石ではあるけど
人糞にもあるんだぜ。いわばクソを代わりに出来るの。
たしか海鳥の糞も硝石の原料じゃないかね。

戦国時代の武将には、軒下に人糞を撒いて火薬の材料にしてたという。
あなたも実験してみたらどうだね。

――――引用開始――――
そこで戦国武将達は軒下に人糞を撒いておいて
硝酸菌による硝酸の生産をしていたことがあるそうです。堆肥など
は硝酸菌により硝酸を作るのです。
http://hyocom.jp/blog/blog.php?key=39244

>>64 船が補給のために戻ってる最中に、もし万が一モンゴル軍が大敗したら

文永の役でも数百隻の船で来てるんだろう。
10%の船に補給のために戻ってもらったら、戦力には影響しないだろ
なんだったら5%位でも、弓矢だけなら十分おつりが出ると思うけど。

>> 威力偵察ではないのかとの説もある。
説というのはWiki著者の妄想なんだよ。
4万人の兵力派遣を威力偵察なんて、俺は非常識な論理と思うよ。

Wikiの妄想は、根拠も出さずに断言してるが、俺の推測は根拠
が出てる。他人の妄想を事実かのように書いて、俺の推理を妄想と
片付けないでくれ。

75 名前: no name :2010/09/06(月) 18:09:57 ID:NS8MXkuI

>>71
>確かに立花隆氏の見解の通りだ

その「立花隆氏」は、田中角榮を激しく金権政治家と非難した御仁だがw
民主党も嫌いみたいだし
キチガイ恵也は自分の都合が良い時だけは引き合いに出すが、相手がどういう人なのかは調べようともしないらしい

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E8%8A%B1%E9%9A%86
>1974年(昭和49年)『文藝春秋』に「田中角栄研究〜その金脈と人脈」を発表。
>資料を駆使し、多人数による取材に裏打ちされた記事は大きな反響を呼び、田中退陣のきっかけを作ったとされる。
>文藝春秋は角栄批判から手を引くが(その為単行本は講談社で出された)、
>その後も発表場所を変え、折に触れて田中金脈問題を取り上げ、ロッキード事で田中が逮捕された後は東京地裁での同事件の公判を欠かさず傍聴し、
>一審判決まで『朝日ジャーナル』誌に傍聴記を連載した。
>また同誌上で「ロッキード裁判批判を斬る」を連載し、俵孝太郎、渡部昇一ら田中角栄擁護論者を「イカサマ論法にして無知」と批判した。

76 名前: no name :2010/09/06(月) 18:37:07 ID:NS8MXkuI

>>74
>人糞にもあるんだぜ。いわばクソを代わりに出来るの

バーカw
硝石と硝酸塩は意味がちげーよ
しかもお前の引用した奴「匿名」「証拠なし」じゃねーか

勝手に言ってるだけの話がソースとか、相変わらずキチガイだなぁ


>説というのはWiki著者の妄想なんだよ

妄想だったらwikiには「ノート」ってのがあるから訂正されるはずだ
お前みたいなキチガイの妄想よりよっぽどましだ


>4万人の兵力派遣を威力偵察なんて、俺は非常識な論理と思うよ

http://yamasita.on.arena.ne.jp/konohana/frame/zuikanroku/syouka/genkou/genkou.html
>また、合戦はいきなり白兵戦になるのではなく、えんえんと弓矢を射掛けるのが常套戦術であり、それは蒙古高麗連合軍も同じです。
>弓矢の尽きた蒙古高麗連合軍は留まることなく、本国に撤退しました。
>おそらく、威力偵察で日本の出方を見たり、どこにどんな城や町があるのか探ってたのかも知れません
>文永の役の頃の蒙古高麗連合軍は長期に渡る占領をあきらめ、本国に戻りました


>Wikiの妄想は、根拠も出さずに断言してるが、

ハァ?書いてあるけど?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87
少しはまとめに読めよ…


>俺の推測は根拠が出てる。
>他人の妄想を事実かのように書いて、俺の推理を妄想と片付けないでくれ

どこに「根拠」があるんだ?キチガイ
お前の推理=「妄想」だって言ってんだよ

77 名前: no name :2010/09/06(月) 21:18:37 ID:/5dqXUCw

>>馬の耳を、音に鈍感にさせたら良いだけだろ。
>>耳栓も良いと思うよ。人間に使えて馬に使えないはずがない。
その耳栓を使ったという資料なり実際に使われた耳栓は?
出せなければ妄想でしかないね。

>>まず、元から火薬を手に入れ製造技術をスパイしたり大騒ぎしてでも
>>似たようなものは作れたんじゃないかね。
>>大量生産までは行かなくても、日本人なら試験的生産はやってるよ。
どこで作ってたの?
作った火薬に関する資料は?
出せなければ妄想でしかないね。

>>>>「武田に騎馬軍団などいなかった」が今の定説だけどw
>>アンタだけの定説だろ。
事実かどうかは分からないが、
当時の馬の体格や甲陽軍艦の記述から、
>>43氏の様に推察する説は根強く存在する。
少なくともお前の「ジンギスカンは虐殺しなかった」よりは
よほど資料面での裏付けがあり、人口に膾炙し、まっとうに議論されてる説だ。
「アンタだけの定説だろ」というのは調べもしないで吐いた妄言だな。
どうせお前は謝らないだろうけど。

78 名前: no name :2010/09/06(月) 21:39:54 ID:ojg98MNv

>>57
>アンタだけの定説だろ

物知らずのキチガイのために以下を引用してやるからありがたく思え
キチガイは知識が無さすぎ
ろくに知識も無いくせに、「自分の妄想だけが世界一正しい」とか思いこんでる誇大妄想狂

http://homepage3.nifty.com/k-haruaki/koborehanasi.htm
>戦国時代のテレビや映画では、無敵の武田騎馬軍団等と言っているのがあります。
>しかし本当は戦国の武田家には、騎馬軍団がいませんでした。
>「戦国合戦本当はこうだった」(藤本正行著洋泉社)では、戦国大名の兵士は家臣がその知行地から、
>騎馬武者1人、長柄鑓持ち5人、持ち鑓5人、弓何人、鉄砲1人、旗持ち・手明何人などと各村から農民を集めて兵士にします。
>この場合騎馬武者は、多くは指揮者などの上級兵士が多かった。
>当然騎馬武者だけを集めて、集団生活や訓練などは出来ません。
>訓練などは知行地ごとの、いわば各村ごとにしか出来ないはずです。
>当然のことながら騎馬軍団を造れなかったわけです。
>おおよそ騎馬武者一人に付き、7人〜10人の歩兵が一つの基本単位となって、行動しています。
>その騎馬武者の割合も、上杉家等他家と比較しても、武田家が特別高い割合でもなかったことを考えると、
>やはり武田騎馬軍団は存在していなかったことになります

79 名前: no name :2010/09/06(月) 21:47:05 ID:/5dqXUCw

>>そんな話は知らなくったって、お互いドングリの背比べだろ。
>>問題は知識じゃなく、知恵なんだけどね。
相手が知っててお前が知らないという時点でドングリの背比べはありえない。
そもそもお前が知らない事を知ってる相手を「いばりたいのか」とかほざく、
相手を一切敬わない、相手から一切学ぼうとしない、罵倒から入るそのスタンスが問題。
それが分からないならお前に知恵を語る資格は無い。

>>伝説で伝えられてるほど酷い虐殺者だったら、世界征服なんて無理。

>>まあ今の俺なら、鹿を殺した長い鉄のバールを持って戦うのかもね
>>歩哨がいても、こいつ等も油断することがあるだろうから、敵兵が寝てるところを襲うくらいかな
こういう事を言うお前みたいな奴を生かしておいて、世界征服が出来る訳無いだろ。

>>ジンギスカンは虐殺をしたが針小棒大な「デマ」が伝説には混入してるというのが俺の自論。
>>いろんなHPを検索しても虐殺行為伝説は盛りだくさんだが、俺みたいに伝説に異議を唱えてる人はいないね。
お前にとってのソースは
>>俺の主張が主観的な妄想じゃなくほかにも同じような主張が存在してるという証明
のはずだろ。
>>俺みたいに伝説に異議を唱えてる人はいないね
だったらお前の主観的な妄想だろうが。

>>それだけ俺には人とは違った独特のヒラメキがあるわけだ。
ただの「主観的な妄想」だろ勘違いすんな。
と言うか「ジンギスカンは虐殺してない」は単なる「独特のヒラメキ」の産物で、
根拠が出せるものではないとお前にも分かっているという事か。
よくお前個人の「独特のヒラメキ」のために歴史家や資料を罵倒出来るな。

>>アンタみたいに、人と同じ考えだと安住する人間じゃない。
>>俺は逆に、人と変った考えを自分でとくに大切にしたがってる人間。
歴史の定説を主観的な妄想で否定するために歴史家を罵倒してるだけの妄想家のくせに
よくそこまで自分を綺麗な言葉で飾れるものだ。
「武田に騎馬軍団は存在しなかった」という歴史の定説に一石を投じる資料に基づいた意見には
「アンタだけの定説だろ」で済ませるくせに。

80 名前: no name :2010/09/06(月) 21:50:47 ID:ojg98MNv

>>57 アンタだけの定説だろ。

妄想クソ野郎の恵也が必死だな

http://homepage2.nifty.com/inutomononohu/newpage(takedasinngenn14).htm
>彼らの戦いのイメージとしては、
「馬にまたがった将や兵達が、合図とともに一斉に敵軍に突撃し、華麗に戦場を駆け抜けながら、敵を薙ぎ倒す」
>というものだと思いますが、実はそれができたかどうかは、非常に怪しいのです
>というのも

>壱 武田軍の中で、騎馬隊の割合というのは意外に少ない。
>内藤昌豊・山県昌景・馬場信房など、騎馬隊を多く割り当てられた者でさえ、その数はわずかに三百騎・二百騎であり、
>少ない者になると、十五騎・十騎などである。
>戦の規模にもよるであろうが、これだけの数で敵陣に突撃したり、敵を薙ぎ倒すなどのことができたのだろうか?

>弐 当時の日本馬というのは、サラブレッドなどの巨大な馬ではなく、今でいうポニーのような馬である。
>ポニーのような小柄な馬が、はたして総重量100キロを超える武将(本人の体重以外に、鎧兜などを合わせると100キロを超える)を乗せ、
>戦場を激しく駆け回ることができたのだろうか?

>さて、では実際の武田騎馬軍団というのは、どのように戦っていたのでしょうか?
>それは「戦国時代前期はともかくとして、中期以降は移動のときだけ馬を使い、いざ合戦となれば、馬を降りて歩兵として戦った」
>というものであったと言われています
>移動を素早く行うことで、合戦で重要になる陣の構築や要所の奪取などを行ったとされているのです
>当然、移動のときはできるだけ軽装にすることで、馬への負担を防いだのです

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