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共通のルール・マナー決めることにたいした意味はない。
感情であれがいや、これがいやと言っても何もかわらん。
今自分の著作物を利用しようとしている人間に自分の著作物のライセンスが伝わるようにすることが一歩。
極端な例、デカデカと無断転載・改変禁止の旨と自分の連絡先を書いておくとする。
そうすれば、多少の良心のある人間は転載を止めるだろう。
それでも良心がない奴は転載するだろうが、受け取った側はこの配布がライセンス違反と気づいて連絡をくれるかもしれない。
ライセンス部分を削除して転載する不貞え奴もいるだろうが、オリジナルがそれなりに知名度があれば、
改変に気づいた人が連絡をくれるかもしれない。
そういった守るための努力ができないなら、多少の無断転載はあきらめるしかない。
自分の著作物を守るために払ったリソースの分しか著作物を守ることはできんよ。
家財を本気で守りたい人は警察だけに任せず防犯システムを導入するもんだ。
そしてどんな強固な防犯システムも突破されるときは突破される。
盗まれたものを後から追跡するには名前を書いておくか、有名にしておくしかない。
追記。
そして第三者の目によってライセンス違反を抑制する文化が定着してくると、
共通のルール(ライセンス)の価値が出てくる。
長い条文を書かずともライセンス名だけ書いておけばよくなるから。
ここまでくるとリソースを社会全体で分担して負担するようになるので
個々人で負担しなければならないリソースは少なくなるな。
ということをすでに成功している社会での方式から妄想した。