削除反対派ではないが同じような議論ばかりではつまらないだろうから一つ長文失敬
著作権法第一条には「(前略)著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。」とあるように
著作権法とは「著作権者の権利の保護」の為でなく「文化の発展」を目的として成立している
なぜディズニーの「ミッキーマウス保護法」が批判の的にあがるかという理由もここにあって
あくまで手段に過ぎない「権利者の保護」のために「文化」の発展の阻害
つまりコマーシャリズムのために本末転倒を起こしてしまっているからだと思う
こういった批判に対して「別に法に則って著作権の管理してるだけだから問題ないだろ」という反論は的外れ
その反論が通るなら法に則っていれば何をやってもいいしそれに口答えされる言われはないということになる
よくある削除反対側の主張が「なんで権利者の損害にもならないものを消されなきゃならねぇんだよ」というもの
この主張は上にあげたことと照らし合わせて考えてみればある意味で正しい
MADも文化
あんな切り貼り工作が文化(笑)といいたくなるかもしれんが文化の成立要件に低次・高次は関係ない以上文化は文化だ
よってこれを権利者にとって障害にならないのに削除することを容認するならそれは本末転倒といわざるを得ない
ただし、残念なことは「権利者の損害にならない」というのをフリーライダー側が判断しているというところ
俺を含めて権利者側の事情なんていうのは部外者にはまったくもってわからない
たとえばMADは他のコンテンツホルダーのコンテンツと混ぜ合わされることがあるので簡単には容認できない、だとか
「権利者の損害にならない」つまり「権利者に損害を与える要素がない」ということを証明するのは悪魔の証明だからほぼ不可能
互いに話し合って「なにが権利者に損害を与えるのか」を聞くにしても企業側にも言えることといえない事とあるだろうし
それに、保護すべき権利として「著作人格権」もある
これにいたっては完全に個人のポリシーや価値観などがあるわけだし部外者があーだこーだ文句つけていいものではない
作った人間が嫌だといったら嫌なのだ
結論。削除反対派の「主張」はある意味では正しい。しかし、前提が不確かなものであるためその論理は誤謬である